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2022年9月

2022年9月18日 (日)

ホルモンうどん食べ比べ

【2022年 8月31日, 9月 1日】
岡山県津山市と兵庫県佐用町の「ホルモンうどん」をいただきました。
以前B-1グランプリで2位になったこともあるご当地グルメです。

 

Dsc_0361
まずは津山市の「くいしん坊」さん。
価格は910円と高めですが、想像通りの味で満足感たっぷりでした。



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2日後に兵庫県佐用町のホルモンうどん「お多福」さん。
つけダレでいただきます。670円とお安い価格設定です。


どちらもゆずの風味が加えてあります。
私はつけダレでない方(津山市のもの)が好みでした。
とにかくいただくのに時間がかかります~。
でもまた食べたいなぁ。

津山と佐用はお互いによいライバル意識があるようですが、売り出したのは佐用町は2003年から、津山市は2008年からだそうです。
私は高校時代に列車通学をしていた頃、最寄り駅の「美作江見駅」近くで食べていました。
(今は店は存在しません)
美作江見駅は岡山県内にあり、JR姫新線で津山駅と佐用駅の間にあります。
約50年前にはホルモンうどんが存在していたことになります。

存続があやういJR姫新線継続の起爆剤にならないかなぁ~。

2022年9月17日 (土)

ため池で探鳥

【2022年 8月27日】
兵庫南部はため池の多さで有名ですが、今日は4つのため池を巡りました。




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真夏はシギねらいがいいかなとでかけましたが、3つの池はボウズ。
写真は4つ目の池。
やなりな~んにもいないので、トンボでも撮るか…。



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諦めかけて帰ろうとしたときに、よく見るといました!
「ソリハシシギ」



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「コチドリ」



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「トウネン」



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鳥を見つけると、時はあっという間に過ぎ、夕刻を迎えました…。

2022年9月16日 (金)

輪島塗の漆器

【2022年 9月 5日】
今年のGWに能登に出かけた際、輪島で注文した汁椀が届きました。




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使うのがもったいないくらい…ところが使えば使うほど味が出てくるのです。(経年美化⁈)
<クリックで拡大します>

輪島で2泊した宿では驚くことに輪島塗の食器を27年間使用しているもので料理をいただきました。
もちろんとても良い状態です。

お世話になったのは民宿「満月」さん。
階段や柱など、調度品もすべて輪島塗の宿で、ご主人が常に磨いていてピッカピカです。

そんな説明を聞き興味がわいたので、翌日は意気込んでかなりのお店を回り、「吉田漆器工房」で色合いと形でとても気に入ったのが『里椀』。
しかし在庫がなく4箇月待ちに待って届きました。
しっかり使い込んでいきたいと思います。

27年間使用しても大丈夫ということは、私達の寿命よりよっぽど長持ちですね^^

2022年9月15日 (木)

父との別れ

【2022年 9月 7日】
突然父が亡くなりました。




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若干の心不全がありましたが、もともと元気だった父は私が帰省中の8月29日に初めて胸が痛いと言い出し、車に乗せて行きつけの病院へ。
処置室に自分で歩いて行きましたが、「急性心筋梗塞」でAED処理を行い、大病院へ救急搬送後に2度の手術で3箇所のステント挿入は成功しました。
(動脈の詰まりが解消し、血液が流れだしている<右>)



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心臓は順調に回復していたものの、その後脳出血が発覚、呼吸をつかさどる当たりに大量出血があり、その結果呼吸不全となり、旅立ちました。
脳出血の原因は古傷(心当たりなし)か、心臓の治療中に発生したのかは不明ですが、心臓の治療に当たり血液をサラサラにする投薬の影響の可能性もあるようです。
享年満90歳でした。

元々体は元気だったせいか、AEDやステント挿入手術にも耐え、計画ではリハビリ、一般病棟への移動、さらに退院予定やその後の復帰に向けて順調に回復していましたが、突然の脳出血でした。
脳外科の医師によると、処置は現状の心臓、体力、年齢的に無理との判断。

循環器の主治医より人工呼吸器をいつ外すかの判断を求められ、倫理観の葛藤もありましたが、親族で検討し9月6日10時とし実行しました。
しかし人工呼吸器を外した後も、自分で呼吸を始めました。
結果的には自身の呼吸能力が無くなり、翌日に旅立ちました。

当初の発作から10日間でほとんど苦しむことなく最後は穏やかだったのが救いでした。
またコロナ禍にもかかわらず、集中治療室は面会も許され、最後も立ち会うことができました。

7年前の母親の葬式では、次に送るのは父親ではなく葬式の1か月前に宣告を受けた私の番と思っていましたがそれは免れました。
90歳でめでたい範囲と思っています。
いままでありがとう。合掌

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